04 2023

北アルプスと日本海が出会う親不知海岸/日本を分断する交通難所に挑んだ歴史に触れる!

新潟県の西部にある親不知(おやしらず)は、何かと話題に上る地名だと思います。中でも一番語られるのは「交通の難所である」という切り口でしょうか。
ご存知の方も多いと思いますが、親不知は日本の中央に聳える日本アルプスの北端・終端の地。3000m級の峰々が連なる飛騨山脈から続く尾根が、日本海により浸食されてできた断崖絶壁の地です。
まずは下の写真をごらんください。すごいよね?

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親不知はあまりにも険しいため、人々の東西の交流や物流はここで途切れてしまい、その結果日本のあらゆる文化がこの親不知を境に明確に東西に切り離されていると言われています。有名なものではポリタンクの色とかうどんの出汁の味とか。
それでも日本海に沿って東西を行き来しなければいけない昔の旅人たちは、断崖と海の間の猫の額ほどの広さもない狭い道を命がけで歩いたと言われています。

親知らず 子はこの浦の波枕 越路の磯のあわと消えゆく


これが親不知の地名の由来となった歌。なんとも悲しいお話です。
昔の街道(旧北陸道)は親も子も互いを顧みることができないくらいに危険な道であり、現在はそれを土木技術で克服したとは言え、難所っぷりが窺える場所が随所に残っています。そんな親不知に来てみました。


親不知名物「海上の高速道路」を見渡す展望台は絶景の地です!
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意外にも崖下の波打ち際で日本海にタッチ!
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高速道路、国道、鉄道、あらゆる交通機関が親不知の難所を克服する歴史が味わえます!
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ってなワケで、今回の記事では日本屈指の交通難所として知られる親不知にスポットを当ててみました。
高速道路を走っていたなら僅かの時間で通過してしまいますし、国道や鉄道もしかり。新幹線ならその存在すら気づけないでしょう。けれどちょっとだけここで足を止めて親不知の絶壁と海を眺めてみると、なかなか魅力的な風景であるとともに、困難を克服しようと頑張ってきた軌跡に感動すること間違いなし!
僕オススメの散策スポットです。


2023年03月20日 新潟県糸魚川市 親不知海岸


東西に非常に長い新潟県ですが、その最西端に糸魚川という街があります。糸魚川の海はヒスイの原石が採れることで有名ですが、海関係でもう一つ有名なのが親不知海岸ではないでしょうか。
親不知は風光明媚な海岸風景で知られていますが、親不知の特徴は何といっても北アルプスの尾根と日本海が生み出した非常に険しい断崖絶壁。それが15kmにも渡って続き、長らく人の交流を妨げていた「天下無双の難所」なんです。地理マニアにも歴史マニアにも、それに海マニアにも山マニアにもファンが多い場所ではないでしょうか。
3月のよく晴れた日、金沢から車を3時間ほど(下道で)走らせて、そんな親不知海岸まで来ました。
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親不知の海の美しさと険しさの両方を一度に楽しめる道があります。「糸魚川市道天険親不知線」と呼びますが、どちらかと言えば愛称の「親不知コミュニティロード」のほうが知られていると思います。
今は車が通れない遊歩道になっていますが、かつては日本の東西を繋ぐ極めて重要な「国道」でした。下の写真は現地にある案内板ですが、赤い道がそれにあたります。
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この道の目玉は、駐車場から徒歩2分もかからないところにあります。
親不知の断崖絶壁と美しい日本海、そしてその間を縫うように走る「四世代道」を見渡すことができる超絶ダイナミックな風景。そう、この景色を見に来たんです!
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「四世代道」というのは、遥か昔から現代にかけて、この親不知の地に建造された4つの世代の道のことを指します。この地から四世代道を眺めると、親不知を何とかして克服しようと頑張ってきた人たちの歴史を垣間見ることができます。
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第1世代:旧北陸道
断崖絶壁と波打ち際との間のごく狭い岩場や砂浜を道としていたようですが、今は残っていないようです。親不知コミュニティロードからは波打ち際のごく一部だけが見えるんですが、「あんなところを歩いていたとは信じられない」という印象を強く受けます。実際、昔の旅人は命を懸けてその道を歩いていたんだとか。
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第2世代:市道天険親不知線(現親不知コミュニティロード)
親不知コミュニティロードが第2世代の道。1878年(明治11年)の明治天皇の北陸巡幸を機に、日本の東西をちゃんとした道路で繋ごうという機運が高まり、人力で断崖を開削して1883年(明治16年)に開通しました。現在の国道が開通するまではこの狭い道が国道だったようです。
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第3世代:国道8号
北陸の大動脈の一桁国道。数多くのトンネルやスノーシェッドを使って親不知をパスしますが、一桁国道のくせにカーブが多くてしかも大型トラックがバンバン走るから運転に結構気を遣います。今でも国道8号最大の難所なのは間違いないでしょうね。親不知コミュニティロード付近は「天険トンネル」が1966年(昭和41年)に開通しています。
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第4世代:北陸自動車道
1988年(昭和63年)に満を持して北陸自動車道朝日IC-上越IC間が開通。その後完全4車線化も行われ、平地となんら変わらぬ感覚で走れる高速道路です。親不知・子不知区間のほとんどはトンネルですが、明かり区間では迫りくる崖からまるで逃げるように海の上に橋を架けて通り抜けています。海に突き出した高速道路は、海の上に道を作らざるを得ないくらい親不知が難所であることを示しているようです。
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こちらは展望台。
ここからの眺めも素晴らしい。
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ここまで親不知の険しさばかり伝えたかもしれませんが、実は波が穏やかな時の親不知海岸は北陸屈指の海の美しさを見せてくれるんです。これホント。
たまたまこの日も天気が良くて海は信じられないほど穏やかな状態。この奇跡的な静けさはとても海(しかも日本海の外海)とは思えなくて、まるで湖のようでした。
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透明度が高いんでしょうね。海底の岩までよく見えています。青というよりもエメラルドグリーン。
この付近の海の色はちょっと特殊でして、他の海岸に比べて緑色がとても強く感じます。北陸自動車道や新幹線からも海が見えますが、一瞬だけ目に飛び込んでくる海が思っていた青と違って鮮烈な緑色なもんだから、なおのこと目に焼きつく気がします。
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親不知コミュニティロードは日本の道100選に選定されていて、100選の碑と四世代道の解説版が展望台にありました。
たまに「何でこの道が100選?」ってのもありますが、この道が100選に選出されているのは異論なし、ナットクです。この道が指定されなかったら、いったいどの道を指定するんだって言いたくなる。
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展望台にはこの先に続く親不知の断崖の模型も展示されています。
近づくことのできない波打ち際の様子がよく分かるのでなかなか面白かったです。
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展望台の傍らにイケメンおじさんの像がありました。
この方はウォルター・ウェストンさんといって、イギリスの宣教師で登山家。日本に何度か長期滞在して日本の著名な山を登って本にして世界中に発信した人です。親不知には1824年(明治27年)に訪れていて、「親不知は日本アルプスの起点だ」と本に記したそうで、糸魚川ではそれにあやかって「海のウェストン祭」が毎年開催されています。
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宣教師という職業柄、自身が良いと思ったことを積極的に他の人に伝える能力には長けていたんでしょうね。日本にキリスト教を広めるためにやって来たんでしょうが、日本の山岳美に感化されて逆にそれを世界中に広めるきっかけを作ったわけだ。また日本人もこの人のおかげで近代登山に目覚めたと言われています。
日本アルプスの起点の特等席に座って日本海を眺めています。
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ここタモリさんも来たんだね。
タモリさんが来ることによって観光地としての箔がつくような気もします。
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親不知コミュニティロードの見所の一つ、「如砥如矢(とのごとくやのごとし)」です。
この道が完成した時に、工事に関係した人がその嬉しさから「砥石のようになめらかで矢のようにまっすぐだ」という意味を込めて岸壁に文字を彫ったみたいで、その文字が140年経った今もハッキリと残されています。
ってか、140年前にはもうこんな巨大な岸壁を掘削する技術があったんですね。
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もしかして本人にとっては落書きみたいな感じ?
でもさすが岩を削って道路を作る人なだけはあって、大変立派な落書きです。1m四方の文字を彫ることなんて、道を作ることに比べればたやすいことなんでしょうね。
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道を切り開いた話はこの地にもう一つあって、実はここ、日本海と北アルプスを繋ぐ登山道「栂海新道」の登山口でもあります。この道は地元山岳会の有志たちによって切り開かれ、1971年に全通したものです。
僕は登山をしないのでよく分からないんですが、この登山道は標高0mから北アルプスにアタックできるということでマニアの間でかなり有名らしい。日本海にタッチしてからアルプスを目指す、あるいはアルプスを縦走して最後この地で日本海にタッチする、ということができるらしいです。
この親不知は海岸を切り開いたドラマと山岳を切り開いたドラマの交点でもあるんですね。そう考えるとムネアツじゃないですか。
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登山道から続く形で、コミュニティロードの駐車場から海岸へ降りられる道が整備されています。登山道を山に向かって歩くのはちと厳しいですが、海に向かってならほんの僅かの距離なので一般人も気軽に歩けてオススメです。
よし、僕も栂海新道を歩いてきた登山者になったつもりになって楽しんでみますか!
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北アルプスから延々と山道を歩いてきた人の気分になってこの道を歩いてみると、ちょっと感慨深いものがあります。「登山のゴールが日本海」ってのが何とも言えないよね、きっと。そして日本海にタッチすることを目指して歩いてきて、今目の前にゴールである真っ青な海が広がっているシチュエーションは泣けてくる気がしないでもない。泣かないけど。
もう少し暖かくなってくるとこの辺りは深い緑に覆われるんでしょうが、この時はまだ3月だったんで新芽が出る前。青い海が樹間から見えました。
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あと少しで日本海にタッチ!ってところで、突如古いレンガトンネルが目の前に現れました。
旧北陸線の親不知隧道でして、1912年(大正元年)に開通したとあります。第2世代の道(旧国道)は1883年に開通しているので、それから30年の時を経てついに鉄道も親不知を克服したことになります。
このトンネルは北陸線が新線化・複線化された1966年に廃止されて以降もひっそりとこの地に残されていて、現在は遊歩道の役割を担っています。旧国道ととても似た変遷ですね。
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トンネル内部はかつて蒸気機関車が出していた煤のせいでレンガが黒いです。ちゃんと列車が走っていた証拠です。
このトンネルの長さは667mで、まっすぐなトンネルだから出口の光が見えています。照明らしいものはほとんでありませんが、トンネルの入口には懐中電灯が備えられているし、路面は歩きやすいようにならされているので、普通の人でも難なくトンネルをくぐれます。ちなみに両方の入口に向かってアプローチ用の階段が整備されているのでわざわざ引き返す必要はなさそう。
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おっと、つい鉄道遺産に目を奪われてしまいますが、そうだった、登山者の気持ちになって日本海にタッチするんだった(笑)。
いよいよ最後の階段。その先には白い浜と青い海が。
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ってなワケで、日本海にタッチです。
険しい断崖絶壁として知られている親不知海岸ですが、一応こうして波打ち際に降りることができます。まるでプライベートビーチのような雰囲気ですが、浜は砂ではなくゴロゴロとした大きめの丸い石で構成されていて、とにかく歩きにくいことこの上ない感じ。あまり歩き回りたくないので石に腰を下ろして静かに海を眺めました。
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振り返ってみると、こんな感じの断崖です。
あぁ、さっきまでいた国道8号があんなに高いところに・・・あそこまで登らなくちゃいけないのね。
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さて、親不知コミュニティロードからもう少し糸魚川寄りの国道沿いに、親不知記念広場展望台というのがあります。
つい先ほどまで歩きながら海岸風景を楽しんでいた親不知コミュニティロードを、逆の方から眺めることができる場所。親不知の険しい断崖の様子もよく分かる場所です。コミュニティロードとセットで訪れるのがイイと思いますよ。
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「天険断崖黎明」と名付けられた見事な景勝。
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そして驚いたのがそこから眺めた断崖絶壁です。崖の上に建つ東屋は先ほどいた展望台ですね、あんな高いところにあったんだ!
それと昔の人は断崖と波打ち際の間のごくごく狭い場所を歩いていたと言いますが、どう考えてもムリゲーですって!
僕ならこの道に挑む前に逃げますねw
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さておしまいに、現在の国道8号と北陸自動車道、それから越後トキめき鉄道(旧JR信越線)が交わる地点を訪ねてみました。ここは親不知の「歌」という小さな集落で、すぐ近くに親不知駅があります。
我が国の日本海側の大動脈ともいえる3つの道が所狭しと集まって交差するシーンはなかなか迫力があります。
海岸沿いの狭い地を縫うように走る国道8号と鉄道。そしてもう土地が余っていないので無理やり海の上を通すことになった北陸自動車道。親不知のあまりの険しさに、全ての交通インフラがここで一致団結して束で攻撃を仕掛けているように見えなくもない。
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まっすぐ伸びる高架橋。「海上の高速道路」の様子がよく分かります。単に高架橋でパスしているだけでなく、なんとこの先に海上のインターチェンジ(親不知IC)が造られているんです。
僕が思うに、親不知ICを作る必要がなければそもそももっと内陸をトンネルでぶち抜けばいい話。でも何等かの理由でこの区間にインターチェンジを設ける必要があったので、この地をトンネルでパスすることができなかった。だからといってロクな平地があるわけでもないので、仕方なく海の上まで道を誘導してそこにインターチェンジを造った、というところでしょうか。
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親不知駅に立ってみました。
駅前が崖という変わった立地の駅ですが、駅裏にあるのは二つの高架橋のみでそのすぐ向こうが青い日本海です。ホントに狭い土地に駅を造ったんだなぁと実感しました。
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親不知駅の自販機で飲み物を買おうとしたら・・・
おぉ、こんなところにDrPepper(ドクターペッパー)が!「文化の境界」を実感できたぞ!w
北陸地方をはじめ親不知以西の自販機ではまず見かけることのない飲み物です。親不知を越えたこの親不知駅で普通に売られていることを知り、改めて親不知が日本の東西文化の境界線であることを思い知ったわけです。
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ってなワケで、日本屈指の交通難所である親不知をお伝えしました。
手段はどうあれ、このエリアを通過している人はかなり多くいらっしゃいます。だって現代では首都圏と北陸を結ぶ主要ルートですからね。けど親不知に降り立って断崖を見下ろした、という人はごく少数なんじゃないでしょうか。
「険しいだけで何もない」というイメージがどうしても先行している場所ですが、地理や歴史や海や山、道路や鉄道が趣味の人には是非ともオススメしたい場所だと思いました。僕も時間が許すならいくらでもこの地を探検したいなぁと真剣に思えましたからね。
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<親不知海岸(親不知コミュニティロード)>
【駐車場】あり(無料)
【入場料とか】無料
【所要時間】2時間30分(コミュニティロード散策・海岸散策・歌集落散策)

【地図】


【リンク】
親不知・子不知(糸魚川観光協会)
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新潟県 糸魚川市 海岸風景 ドライブコース 山岳風景 展望台

2 Comments

まっさ  

>大樹さん

この付近の海岸はどこも丸い石に埋め尽くされています。
山から大量に石が海に運び込まれ、長い間をかけて波に洗われて丸くなるんですよね。
その無数の石の中からヒスイを探すのが流行っていて、ヒスイ拾いを楽しむ人の姿も結構見かけます。

親不知は北陸人から見れば割と近場のイメージなんですが、関西から行こうと考えると結構な距離になりますよね。
金沢からだと岡山くらいの距離になるのかな、簡単には行けないかも。
でも、地理や歴史に興味があるなら是非とも立ち寄ってほしいです。
人の歴史もさることながら、地球の歴史すら感じる壮大なスポットですからね。

ちなみにヒスイを拾っている人が多数いらっしゃるくらいですから、丸い石の一個や二個ならいいんじゃないですかね?(かなりテキトーw)

2023/05/28 (Sun) 19:37 | EDIT | REPLY |   

大樹  

こんばんは。
親不知海岸のエリア、場所は知っているものの、新潟の南部南西エリアは全くの未踏地なので、いつの日か出掛けてやろう、と思いつつ行けてない場所なので、ここは必ず立ち寄りたいと思っていたんですよね。
海岸にある丸い石の美しさの裏には荒波に揉まれた日本海の激しさを感じさせられますね。
こんな危険な場所を超えていったであろう往時の旅人達はまさしく命懸けだったでしょうね。
しかし、この丸石かなりの美しさ!!ちょっと一つ頂いて家に飾ってみたくなるような魅惑の石に見えます。

2023/05/18 (Thu) 21:56 | EDIT | REPLY |   

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