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19 2014

名水百選の「弘法池」と加賀一向一揆の舞台「鳥越城」

天気が良かった週末。
前記事の通り「手取峡谷」を見て回ったのですが、すぐ近くにまだ一度も行ったことのない観光地があるので、せっかくだからこれを機会に立ち寄ってみることにしました!

手取川の伏流水がこんこんと湧き出ずる「弘法池」。
名水百選の「弘法池」(白山市鳥越地区)

加賀一向一揆の最後の砦「鳥越城」。
加賀一向一揆の舞台「鳥越城」

今回は、山里・鳥越(とりごえ)の歴史に触れる散策です。
学生の頃からてんで歴史は苦手だったんですけどね(笑)。


2014年06月14日 石川県白山市(鳥越地区) 名水百選 弘法池


手取峡谷の眺望スポットである「黄門橋」からほんのわずか離れたところ、白山市鳥越地区釜清水というところに、「弘法池」という湧水スポットがあります。
この弘法池は、石川県内に3か所ある環境省認定の「名水百選」の一つとして知られ、名水ファンにはとてもよく知られているところ。

ちなみに私は名水ファンではありません(^^;。
まぁだから今まで一度も来なかったワケなんだけど(笑)。

黄門橋を渡ってすぐの突当りを右折、ほどなく弘法池の専用駐車場があるので、そこに車を止めて徒歩1分です。
名水百選「弘法池」の看板



弘法大師像の見守るその先には・・・
弘法池に佇む弘法大使の銅像


名水百選の弘法池。
釜清水(かましょうず)あるいは釜水という別名もあるそうです。
その全貌がこちらです。
弘法大使像や石碑などが見られますが、名水百選の弘法池は写真下の方に写っている柵で囲まれた小さな小さな部分を指します。
名水百選「弘法池」全体像(白山市鳥越にて)



では、ここらで弘法池について軽くご説明を(^^)。
この池には以下のような言い伝えがあります。


その昔、ある暑い夏の日に旅の途中の僧侶がこの地を訪ね、喉が渇いたので老婆に「水が欲しい」と望まれたそうな。
突如現れた僧侶のお願いを老婆は快く引き受け、水を汲みに向かったのですが、その向かった先が手取川。
前記事でもある通り、この辺りの手取川は「手取峡谷」といって、深く切り立った崖の下に水が流れています。
かなり時間をかけてやっと戻ってきた老婆の額は汗だくだったそうな。
あの断崖を、見知らぬ坊さんのために一生懸命下りて水を汲んで上がってきたワケですね。
それを聞いた僧侶はいたく感心し、持っていた杖を岩に突き刺したところ、たちまちそこから水が湧き出してきた!
その小さな清水を老婆に「お礼です」と差し出し、僧侶は名も告げずに去って行ったそうな。
結局その僧侶が何者だったのかは誰も分からなかったのですが、持っていた杖から「おそらく空海(弘法大師)だったのだろう」と信じられ、今日までこの湧水を「弘法池」と呼び、村人に親しまれてきたそうです。



いい話ですね~。でもね、

人の手を煩わせずに最初から杖使ったらええやん(爆)。

・・・と、身も蓋もないことを思ってしまった現代っ子です(^w^)。

そうじゃないんだよね。
特殊な能力をお持ちでも、それは自分のためには使わず人を助けるために使うという、弘法大師様の崇高なお考えがあったのだろう、うん、そういうことにしよう。


簡易水道があって、蛇口をひねるだけで弘法池の水が出てくるようになっています。
名水百選ではあるものの、公式に「飲料水」とは認められていないようです。
「長期間保存する場合は煮沸を」という張り紙もありました。
とはいえ、毎日多くの人がこの名水を汲みに来ているそうです。
名水を汲む人たち(白山市鳥越の弘法池にて)



さて、現代科学の視点から言うと、この弘法池は「甌穴湧水」という国内でも非常に珍しいものだそうです。
甌穴(おうけつ)とは、地理学では結構馴染みのある言葉で、川や海で見られる岩にぽっかりと空いた穴のこと。
まずは弘法池の写真をば。
小さな穴から澄んだ水が湧き出ています。
弘法池は珍しい「甌穴湧水」なのだ



甌穴ができるには非常に長い年月が必要です。
何かがきっかけで岩に割れ目や窪みができたとき、そこの水流が小さな渦を巻くようになる。
すると流れてきた小石がその渦に巻き込まれて、岩の窪みにちょっと当たる。
長年それを繰り返していくと、小石が徐々に岩を削っていき、その部分だけ窪みが大きく深くなる。
深い窪みに入ってしまった石は半永久的に岩を削り続け、今日見られる「甌穴」という丸い穴になっていくそうです。
甌穴を発見したら、その中を覗いてみてください。
きっと穴の中には岩を削っていた石たちがいくつか入っているハズです。

この弘法池は、そんな甌穴の底が水脈に行きついたせいなのか、甌穴の底から水が湧くという世にも珍しい「甌穴湧水」となったようです。
湧き出す水は、白山を源として地下を流れてきた伏流水。
夏だろうが冬だろうが水温はほぼ一定で、11~12℃。
気温が上がる夏は水がとても冷たいです。

あ~、気持ちエ~(^^)
名水百選の湧き水に触れる(白山市鳥越の弘法池にて)




国指定史跡 鳥越城跡


・・・と、ここまでは割と得意分野の地理学に関わるスポットだったのでサクサク筆が進みましたが、ここからは苦しい(笑)。
なんたって、最も苦手とする中世の歴史ですからね(^^;。


石川県で著名なお城と言えば、前田のお殿様の居城として知られている「金沢城」です。
その次に名前が知れているのが能登半島にある「七尾城」でしょうか。
この二つは日本の百名城に指定されていますが、その次くらいに来るのがこの「鳥越城」です。


小高い山の地形を巧みに利用して築かれた典型的な「山城」で、てっぺん近くに綺麗な史跡公園が整備されています。
弘法池から車で5分ほどで山の麓へ。
そこから頂上の本丸の近くまで車でスイスイ登れるので、結構気軽に楽しめますよ(^^)。

駐車場からテクテクと本丸目指して道を歩きます。
天気が良くて緑が溢れて、気分もスッキリなウォーキング!
鳥越城 本丸に向かう散歩道

緑溢れる散歩道(白山市鳥越の鳥越城にて)



さて、ここらで鳥越城の簡単なご紹介を(^^)。
加賀一向一揆の最後の抵抗の地とされているのが、この鳥越城です。

鳥越城は1573年頃に「一向一揆」の白山麓の門徒集団が築城したそうです。
一向一揆とは、ものすごく簡単な言い方をしてしまえば、浄土真宗の人たちが中心となって組織された政治的集団。
加賀国は一向一揆が力を持っており、1488年に当時の加賀守護富樫政親を打ち破って以来、約90年に渡って大名を介在しない「百姓の持ちたる国」を維持し続けてきたそうです。

(一揆とは、あたかも百姓たちによる「クーデター的な行動」のようなイメージを持たれますが、厳密にはそうではなく、地元の有力者や百姓たちが手を組んで組織した「団体」を意味するそうです。これマメね)

ところが、やはり出る杭は打たれるんでしょうね。
その後加賀一向一揆は朝倉氏やら上杉氏やら織田氏やらのそうそうたる歴史上の人物と対立。
最終的に1580年に佐久間盛政によって本拠地(尾山御坊・現金沢城)が陥落し、さらにこの鳥越城も落城となりました。
落城後も一向一揆は抵抗を続けたそうですが、最終的に1582年に佐久間盛政によって鎮圧されました。
容赦のない佐久間氏により、数多くの集落が破壊され、さらに300名を超える者が磔の刑で命を落としたそうです。

そういう歴史上の出来事を深~く理解した上でこのお城を訪ねたなら、きっと面白いと思います。
が、僕は全然知らなかったので、ただ単に「城の跡と青空が綺麗だなぁ」くらいしか考えてなかった(笑)。



山のてっぺんは急に視界が開けます。
石垣と土塁と門と櫓。
石垣や建物は再建されたものらしいですが、中世の城郭はこんなだったんだという面影がなんとなく分かる気がします。
鳥越城の石垣・土塁・門・櫓

鳥越城の石垣・土塁・門・櫓

国指定史跡「鳥越城」の様子



右の石垣が施された門が「枡形門」。
左の櫓が「本丸門」。
本丸門の奥が、このお城の本丸です。
鳥越城「枡形門」と「本丸門」


本丸門。青空に映えています!
青空の下 鳥越城本丸門


もう一つ、「中の丸門」という門もありました。
鳥越城「中の丸門」


こちらが本丸。
本丸には天守閣ではなく、4つの低層の建物が建っていたそうです。
今となってはそれらは完全になくなっていて、発掘調査で明らかとなったかつての建物群の痕跡が記されています。
国指定史跡「鳥越城」の本丸跡

国指定史跡「鳥越城」の本丸跡


べ、べ、べん・・・(!!)
見た瞬間、ちょっと後ずさりしてしまった(笑)。
数百年の時を越えてるからもはや見た目では全く分かりませんでしたが、やっぱり細かく調べれば分かるもんなんでしょうね(^^;。
鳥越城の「便所跡」



本丸から城下を見渡します。
城下といっても、城下町が作られているわけではなく、手取川の流れと長閑な田園が広がっているのみです。
なんとも眺めがいい。
この風景を見ると、ここにお城を作った理由が分かる気がしました。
鳥越城からの眺め 手取川中流域を一望

鳥越城からの眺め 手取川中流域を一望

鳥越城からの眺め 手取川中流域を一望


「一揆敗れて山河あり」の碑。
一向一揆の悲劇の歴史を今に伝えています。
一向一揆の悲劇を伝える「一揆敗れて山河あり」の碑(鳥越城にて)


ってなワケで、いまだ一度も訪れたことのなかった鳥越の歴史名所を訪ねてみました。
割と近い場所なのに、「こんなところにこんな場所があったんだ!」という驚きの連続でした。
そして、今こうやって記事を書く時にはほんの少しですが調べたりして、地元の歴史についてちょっぴり理解ができた気がします。

たまにはこういう撮影行もいいものだ。
次はどこへ行ってみようかな(^^)。



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名水百選 弘法池 鳥越城 一向一揆 加賀 鳥越 歴史

- 2 Comments

まっさ  

>土佐けんさん

こんばんは♪
四国は地図で見ると小さいけれど、車で一周するとかなり距離がありますよね。
あれをお遍路さんは徒歩で回るってんだからビックリです。
僕には絶対無理!たった一区間でやめちゃうかもしれません(笑)。


弘法大師は全国のいろんなところで伝説を残しているそうですね。
実在した人物であることは間違いなさそうですが、果たして石川の地にホントにやってきていたのかは私は分かりません。
そもそも杖を突くだけで水が湧くはずがないので、この伝説の信憑性がイマイチです(^w^)。


一向一揆は実際にあった出来事であり、鳥越城が事実を物語っているようでした。
よく金沢の人間は「おっとりしている」と言われるようですが、こうやって歴史を見てみると、実は「反骨精神」のDNAを受け継いでいるんではないかと思いました(笑)。


お立ち寄り&応援、感謝♪

2014/06/20 (Fri) 18:35 | EDIT | REPLY |   

土佐けん  

こんばんは

お大師様は石川県まで行っていたんですね!
知りませんでした~~
生まれは四国・香川県の善通寺ですよね^^
今は四国八十八ヶ所巡りをなされる方が
多いみたいです^^
歩いたら何日かかるんだろう(^^;

僕と助手は歴史、特に戦国時代が大好きです^^
一向一揆、知っていますよ^^
その跡地を見せて頂き、感動しました!
こう言う場所を訪れるのは良いですね~~

ポチッ全部!

2014/06/19 (Thu) 21:45 | EDIT | REPLY |   

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